take4さんのツイート

昭和20年8月9日未明、ソ連軍が満州になだれ込み、当時最強のT-34戦車150両で攻め込んで来ました(磨刀石の戦い)。

その前線で日本は石頭予備士官学校の生徒の肉弾特攻(爆薬を抱え、戦車に突っ込む)などで防戦し、多くの在留邦人を救いました。

この戦闘で850名の生徒の内の750名が亡くなりました。

ソ連対日参戦


ソ連対日参戦とは、満州国において1945年8月9日未明に開始された日本の関東軍と極東ソビエト連邦軍との間で行われた満州・北朝鮮における一連の作戦・戦闘と、日本の第五方面軍とソ連の極東ソビエト連邦軍との間で行われた南樺太・千島列島における一連の作戦・戦闘である。この戦闘の勃発により、日本の降伏を決定付ける事となった。
日付:1945年8月9日 – 1945年9月2日
ソ連対日参戦 - Wikipedia

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twitterの反応

▼ネット上のコメント

・強制的やらされたって言われたら、そういう面もあったかも知れないけど。逆に自分の信念みたいなものが無ければできない行為だったのではないかと思うな〜。英霊に感謝しかない。。。

・日本国のエリートは自己防衛の権化になるのはいつのことからか?明治維新のエリートとは違うと思う

・不可侵条約なんてなんの役にも立たない証拠。中国が日本に進行してこないと信じきっている南の島の人たちはよくこの動画を見たらいい。

・文字通り死に物狂いで日本の為に戦ってくれた先祖を敬い、卑怯者に貸した借りを返させるまで戦う!

・武田先生の涙にもらい泣きでした😭

・この話は全く知りませんでした。肉弾戦を決断された指揮官と、命を捨てて国民を守った若き英霊の方々の事を思うと、武田先生と同様に涙が自然と出て来ます。

・恥ずかしながら「肉弾特攻」知りませんでした。。貴重なお話ありがとうございます

・あの武田邦彦先生が泣きながら感謝の言葉を述べておられましたね。

・この方達が生き残っていればなあ。多くの国を思い散った若人達が生きていればなあ。恥じない生き方をしたい。

・飛行機の特攻はよく聞きますが、まさか敵の戦車に自分の体に爆弾を巻き付けて特攻するのは初めて聞きました…いずれにしてもこの人達がいたからこそ、日本は守られたのだと改めて思います…靖国に眠る英霊達に感謝します。

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